都バスと新京成バス

2004年10月24日
 このところ都バスを利用する機会が多くなった。
 もともと、生まれてから二十数年間もの間、千葉県の松戸市民であり続けたボクにとっては、都バスというのはあまり利用することのない交通機関であり、とても印象が薄い存在であった。そしてその後も都バスを利用する必要のある場所には住んだことがなかったため、ただ単に「遅く」、「時間の当てにならない」、「乗客が年寄りばかりの」のんびりした交通機関であるという印象しかなかった。
 ところが今回、江東区民になったところ、ここには南北に走る交通機関が少ないため、都バスを利用する必要に駆られるようになってきた。そして実際に乗ってみたところ、結構良いということがわかってきた。特に、乗務員のサービスの良さには驚くべき点が見られた。
 そこで、今日は事例問題形式にして、それぞれの事例において、新京成バスの乗務員がとるべき手段と都バスの乗務員がとるべき手段について考えてみたい。
 なお、新京成バスについては、ボクが最後に乗ったのは3年くらい前のことであり、今は実家が転居したために乗ることはないことから、現在の取り扱いとは異なる可能性があることを注記しておく。

【事例1】
 あなたは駅のバス停に到着し、乗客を入れ替えて、出発時間を待っているところです。すると、出発時間が近いというのに、電車が到着したのか、駅の方からゾロゾロと人がやってきて、しかも一部の人はこのバスに乗ろうと走ってきます。このとき、あなたはどうすべきでしょうか。

(都バスの場合)
 とりあえず、乗せてあげる。あとは待てる範囲で待ってあげて、あまり時間がかかるようだと、出発時間から大幅に送れてしまうので、満員であるから次のバスを待つように言って出発する。

(新京成バスの場合)
 とりあえず、入り口のドアを閉める。そして、何でもいいから出発する。こうすることで定時運行は完璧なものとなり、時刻表通りの運行が可能になる。

【事例2】
 バス停から出発しようとしたところ、信号が赤のため乗用車が詰まっており、数メートル前進したところで止まってしまいました。すると、このバスに乗ろうと走ってきたおばさんがバスに追いつき、入り口のドアをたたいて乗せて欲しいと言っています。このとき、あなたはどうすべきでしょうか。

(都バスの場合)
 ドアを開けて乗せてあげる。停留所の枠からバスの先頭がちょっと顔を出したような状態なら、乗せてあげてもいいんじゃないかな?

(新京成バスの場合)
 自分の運転に集中する。とりあえず、どんなに大きな音がしようと左を見てはいけない。視界の隅で何かが騒いでいようと気にしてはならず、せいぜい出発をする際に、左のミラーを活用して安全確認だけを行う。あとは、何もなければ通常通りに出発すべし。

【事例3】
 途中の停留所で乗客を降ろしたところ、向こうから手を振りながら、おばあさんがヨボヨボと歩いてきます。このとき、あなたはどうすべきでしょうか?

(都バスの場合)
 当然、待っていて乗せてあげる。多少の遅れなど気にする必要はない。

(新京成バスの場合)
 当然、ドアを閉めて出発する。このとき、おばあさんが後ろからきていた場合には、ミラーの死角などで気が付かないことはしばしばあることなので、まったく気にする必要はない。また、前からきた場合であっても、出発に際しては前方の車道や後続する車両、信号等に気をとられてしまい、気が付かないことはままあることなので、まったく気にする必要はない。

以上、この他にも例はいろいろとあるのだが、なんだか根本的に考え方が違うのではないかと思われるほど、乗務員の態度が異なる。確かに、時刻表を見ずにバス停の表示でバスを待つ都バスと、時刻表を見ながらバスを待つ新京成バスでは、基本的に差があるのは仕方がないことなのかもしれない。実際、時間通りに必ず来る新京成バスというのは、ボクにとっては非常にありがたい交通手段であり、時間が正確に読めるというのは忙しくなってからもこのバスを利用する理由の一つとなった。
 そう考えてみると、痛し痒しな話なのであるが、都バスでの乗務員の態度を見てしまうと、ちょっと問題があるようにも感じられる。今さらながらの当たり前な話なのであるが、どちらも一長一短であったのだと気が付かされたことであった。

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